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ルネ鑑賞モニターレポート⑧11/6「千住真理子ヴァイオリン・リサイタル」

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11/6(日)「千住真理子ヴァイオリン・リサイタル」に寄せられた、ルネ鑑賞モニターのレポートを抜粋でご紹介します。

 

J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番より第1楽章アダージョ」の演奏でリサイタルが厳かに始まった後、「私は小平に来ると浄化されます。」と千住真理子さんは開口一番おっしゃった。それは千住さんが若かりし頃、日本における20世紀最高のヴァイオリニスト、今は亡き江藤俊哉氏の指導を受けに足しげく通った小平の地に対する思い入れの深さを語られたのでした。
また今年は愛器ストラディヴァリウス“デュランティ”の生誕300年とか、千住さんはじゃじゃ馬と言われるストラディヴァリウスに最初は手を焼いたが、今はすっかり手なずけもう体の一部分になったとまで話された。さすがに千住さんの演奏で低音はこれがヴァイオリンの音かと思うほど重厚な音が響き渡り、また高音は特にエルガーの「愛の挨拶」のエンディングのようにそっと耳元に囁きかけてくるような澄んだ音色で、思わず体の芯が震えました。
小平を私の故郷とまでおっしゃった千住さんの熱演で、鳴りやまぬアンコールの拍手に2曲も答えていただき、コンサートが終わって身が清められた思いがしたのは私の方でした。ピアノの丸山滋さんにも感謝です。
素晴らしい演奏会でひとつ残念だったのは、近くで携帯電話かスマホのバイブレーションの音が演奏中2度響き渡ったことでした。開演前に再三電源オフのアナウンスをしているのにもかかわらず、どうも電源オフでなくマナーモードにしているのが原因と考えますが、この対策は難しいのでしょうか。
(60代男性モニター・2階A席で鑑賞)

 

ヴァイオリンのリサイタルは初体験でしたが、有名な曲が殆どだったので、ヴァイオリン独特の、時に力強く、時に切ない音色にうっとり、至福のひと時を過ごしました。特にアヴェ・ヴェルム・コルプスは高校時代の合唱コンクール課題曲で、繰り返し歌ったとても思い出深い曲。それまでの私のモーツァルト観を覆すような繊細で静謐ともいえる調べを心から美しいと思ったあの頃が胸に蘇り、いつまでも終わらないで…と願いながら聴いていました。
この日の演奏に使われていたストラディヴァリウスはなんと今年生誕300年!ヴァイオリンがそんなに長持ちする楽器と知ってびっくりするとともに、これまでどんな素晴らしい演奏家の手から手へと長い旅を続けてきたのだろうと、千住さんの細い肩に収まってしまうほど小さい楽器に計り知れぬ歴史の重みを感じずにはいられませんでした。
今回初めてホールでの演奏風景を拝見し、ヴァイオリンというのは決して腕だけで弾くものではないのだと思い知りました。曲に合わせ時にはワルツのように体を揺らしたり、あるいは中腰になって足を踏ん張ったり、のけぞってみたり、体の全てを使って想いを込め、ご自身が「体の一部」とおっしゃるその言葉通り、ヴァイオリンと一体となって、音楽を届けてくれているんですね。
演奏の合間の語りは音楽への愛情に満ちていて、演奏の姿勢とも相まって、一期一会の思いでコンサートに臨んで下さっているのではと感じました。また小平は恩師が住まわれていた縁で、幼い頃から何度も足を運んだ場所だとか。ご自身にとってヴァイオリンの故郷であり、初心に戻れる特別な場所というお言葉に、世界的に活躍されている方がそんな風に思って下さるなんて…とちょっぴり小平を見直したような、嬉しさと驚きを覚えました。
(50代女性モニター・1階S席後方で鑑賞)

 

千住真理子ヴァイオリン・リサイタルを聞いた。公演はバッハに始まり、アンコール曲の「G線上のアリア」までバッハで締めくくられた素晴らしい演奏会でした。1曲目の無伴奏ソナタから迫力のある音が響き、場内が一瞬でバッハの世界に入った。力強く活き活きとした、そして繊細なその音がストラディヴァリウスのせいなのかは私には定かではないが、実に心地よい時間でした。そういえば、ストラディヴァリウスの製作年代とバッハは同じ年代だったと思い、そんな相性もあるのかもしれない。演奏会の初めに、千住さんがここ小平とのつながりについて話された。我々年配者にはなじみの江藤先生とのことなど、このコンサートも千住さんのそんな様々な思いも込められた温かい演奏会でした。
(60代男性モニター・1階S席前方で鑑賞)

 

11/6「千住真理子ヴァイオリン・リサイタル」の公演詳細はこちら